「人の長短を言はざるは修養の一道なり。是れ人々常に注意すべき所、然れども醒起せよ。心底に於てだも、この世と妥協する勿れ。抑も人を此評せざるは好き事なるも、亦只其跡を踏まんが為めに善智の進を阻むる如きは、甚だ不可なり。醒めて起て。」
新井奥邃、『聖言』、128
「人の欠点を指摘しないということは修行の一つの道である。これは常に注意しなければならないことであり、そのために醒めて起きていなさい。心の底に於てさえも、この世と妥協してはならない。抑制しても人をこのように批評することは自分の心を喜ばせることであるが、それによって善い知恵が前進することを阻害してしまうことは、大変良くないことである。覚醒していなさい。」
人間は誰かが失敗すること好きです。誰かを批判することが好きです。そうして自分の賢さや立派さを確かめようとするのです。誰かを低くすることによってしか自分の価値を確かめることができないのですから、そもそも自分の価値がないのか、あるいは心の底では自分に価値がないということを気づいているのでしょう。それを認めたくないので、ひたすら誰かの欠点を取り上げて批判して、さも自分は賢い者のようにふるまうのです。
誰かを批判することによって、その人の良い面を打ち消してしまうことは、よくないことです。
誰かの欠点を指摘しないこと。これは一つの修行です。逆に誰かの欠点を指摘することは、この世に妥協することであり、眠っていることです。しっかしと目を覚ましていなければなりません。
〔聖書の個所〕
あなたの舌に悪口を言わせず、くちびるに欺きを語らせるな。悪を離れ、善を行なえ。平和を求め、それを追い求めよ。
(詩篇34章13~14節)
コメントを残す