「我に私有無し。我が生命は我が有に非ざるなり。献我献身、是れ我が学ぶ所なり。」

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「我に私有無し。我が生命は我が有に非ざるなり。献我献身、是れ我が学ぶ所なり。」

新井奥邃、『聖言』、71

「私が所有しているものは私には何一つない。私のいのちも私のものではない。我をささげ、身をささげること。これこそ私の学ぶべき人生の焦点である。」

 人はこの世に裸で生まれてきます。何一つ手にして生まれてくるのではありません。死ぬ時も、結局は何一つ持っていくことができません。この世で得たと思っているものも、すべてこの世においていかなければなりません。
 いのちも、自分のものではありません。自分のものでないいのちを、まるで自分のもののように思うなら、好き勝手にしたり、行き詰ったらうちこぼってしまうでしょう。神さま抜きの自分勝手な人生は、自分も他人も傷つけてしまいます。また神さまへの信頼を失った過度な責任感は人生をうちこぼってしまいます。
 しかしいのちは神さまのものです。神さまのものですから、人間は勝手にしてはいけません。自分勝手にしては、真実の喜びに満ちあふれたいのちを生きることができません。神さまの御心を尋ねて、御心に従って生きるところに、人生のまことの充実があります。
 そのためには、いつも自分の手から放すことを心がけなければなりません。いのちだけではありません。物も、仕事も、愛する家族も、神さまの御手の中にゆだねることによって、それらすべてを真実に大切にすることができるのです。これこそ人生最大のテーマです。

〔聖書の個所〕

神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった。
(創世記2章7節)

だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。
(マタイ6章33~34節)

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