「吾人誠に人たらんと欲する者は、仮令其の飲む所の苦杯は如何に苦くとも、忍耐の力を尽くして能く忍耐し、謙徳を守り、愛情を失わざるよう常に注意して之を貫くべきなり。」
新井奥邃、『聖言』、54
「私たち、真実に人間であろうと願う者は、たとえ飲まなければならない苦い杯がどれだけ苦くあったとしても、忍耐力を尽くしてよく忍耐し、謙遜の美徳を守り、愛情を失わないように注意してこれを貫き通すべきである。」
人生には苦しみがあります。それを避けて通らずに、苦しみを担って生きようとするところに、まことの人間としての歩みが形づくられます。そうして真実の人間となるのです。それに必要なものは「忍耐力」です。忍耐をもって苦しみを担おうとするとき、謙遜と愛情を失いやすいものなのかもしれません。だからこそ謙遜と愛情を確かにして、忍耐をもって苦しみを担っていきましょう。
「あなたが、もし、私たちに、苦い杯を、苦汁にあふれる杯を、
なみなみとついで、差し出すなら、
私たちはそれを恐れず、感謝して、
いつくしみと愛に満ちたあなたの手から受け取りましょう。」
(ボンヘッファー、「主によき力に守られて」)
〔聖書の個所〕
イエスは二度目に離れて行き、祈って言われた。「わが父よ。どうしても飲まずには済まされぬ杯でしたら、どうぞみこころのとおりをなさってください。」
(マタイ26章42節)
ですから、私は、あなたがたのために受ける苦しみを喜びとしています。
(コロサイ1章24節)
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