主の霊のおられるところに自由がある

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〔聖霊降臨祭〕

2015年5月28日(木)

霊を受ける、霊を持つ、霊の内に生きる、その意味は「解き放たれて」いる、自由の内に生きてよいということです。
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キリスト者はこのようにキリストに息を吹きかけられた者たちです。
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すべての人に該当するイエス・キリストの大いなる希望の中に積極的に組み入れられること、それは本当に自明なことではありません。それは、毎朝新たに私たちに出されている問いに応答することです。重要なのはキリスト教会の福音であり、私がこの福音を聞くことで、福音が私自身の使命となります。
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今やもはやすべての人びとのために、最善のことを希望するしかできません。

カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、316f。

洗礼を受けたその日から、聖霊なる神さまは、私のところにも来てくださいました。
これによってイエスさまに属する者とされました。
福音が私の使命となりました。
隣人の最善を求める人生とされました。

(祈り)
神さま、今日も福音を使命として生かしてください。

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