〔イエス・キリストの昇天〕
2015年5月17日(日)
私たちには天国へとのぼっていかれた偉大な大祭司がおられます。・・・私たちには「上に」おられる一人の方がいます。私たちのために上から「始め」られた一人の他者がいます。この他者があなたを執り成す、この他者があなたのために神の前に立たれます。だから本当に、あなたはすでに神の傍らにいるのです、神の高みに向かうあなたの道では見つけることは決してできません。―それをなさるのは神だからです。
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この大祭司は何をなさるのでしょう。・・・キリストは、世の罪を否定し、断定し訴えて他者に転嫁する代わりに、世の罪を担われます。
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私たちはキリストへあるがままに向かうことが許され、向かうべきです。
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私たちのすべての生活安定は無視して、実際に誠実にこのテーブルに私たちが着くのを見出すまで待ってくださるこのような大祭司が、私たちにあるとは、なんという驚きでしょうか。
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そのときには私たちはただ祈り、呼びかけ、叫ぶことしかできないでしょう。来てください、創造主なる霊よ!カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、291ff。
イエスさまは昇天されました。天に昇られました。イエスさまは天におられます。父なる神さまの右に座しておられます。私たちのために執り成していてくださいます。十字架と復活の愛をもって私たちの罪を担っていてくださいます。
この信仰の事実を、私たちは自分の力ではなく、聖霊なる神さまの一方的な愛の力によって知る者となりました。私たちは、安心してあるがままに神さまの前に出ることができます。あるがままに神さまに向かうことが許されています。また向かうべきなのです。
神さまは私たちが今日も神さまに向かうことを待っていてくださいます。
(祈り)
神さま、あなたに向かってあるがままに出ることが許されていることを感謝します。
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