ユダ 裏切り者

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〔ユダ〕
2015年3月24日(火)

「裏切る」と訳した言葉、その言語は本来それほど強調されぬ「引き渡す」を意味しており・・・

ユダはまさに「ただ」引き渡しただけでした。それは最大級の行いでなく、・・・ユダがイエスに対して犯した最小限の敵対行為でした。
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あの有名な接吻によって知らせたとき、そこには明らかにもう一度イエスへの接近が見え、そこからユダは一歩この「引き渡し」という決定的な歩みをなしたのです。
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ユダはイエスを大祭司たちに引き渡します。この人びとはイエスを異邦人に、つまりピラトに引き渡すでしょう。だがピラトはイエスを十字架につけるために引き渡すでしょう。これら次々と繋がる鎖の環全ては明らかに、あの最初の鎖の環よりずっと重要です。だがユダのあのほとんどさりげない密告は、たしかにこの鎖の最初の環であり、最小の環でありますが、しかし続く一切の原因となったものです。
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まさにこの箇所で、決定的な働きをなすのはイエスの弟子で使徒であります。
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ユダはイエスを引き渡した、まさにそのことで、イエスがご自分の業を実行するためになさなければならなかった決定的なこと、すなわち、イエスの苦悩と死が進行し始めたのです。二つのことを、すなわち、諸福音書のユダを正しく理解するために、全く取るに足らない出来事とこの出来事の重大な結果全体を見なくてはなりません。二つの出来事は相互に、ユダについての報告にあの奇妙な静けさを与えます。イスカリオテのユダは、ともかく福音書の報告全体に、決して偶然ではなく、必然的な人物であります。

カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、169ff。

その時は小さな行為であっても、のちのち大きな結果を生み出すことがあります。水をたたえたダムに小さな穴があけられると、徐々にその穴は大きくなりやがてダムを破壊し、下流の村落は大きな被害を受けるでしょう。その被害の責任はいったいどこにあるのか。

この小さな穴をあける小さな行為が、やがて神の子を十字架につけるという大きな出来事に続いていきます。この最初の小さな行為を行ったのは、誰でもない公生涯を共にした弟子、使徒の一人です。しかもイエスさまに「近づく」という行為によってその小さな行為を実現させます。

ユダはこれまでもイエスさまに近づき、また近づけられて歩んできました。この時も、イエスさまの御もとに近づくのです。そして愛の行為である接吻をして、この小さな行為を行いました。

しかしこのことが人類すべてのあがないの道を完成していきます。ユダは神さまの選びの中に、また神さまのご計画の中に置かれているのです。

私たちも小さな何気ない行為によって重大な問題を生み出す弱さにさらされています。しかしそのすべてにおいて神さまの選びとご計画を見失わないようにしましょう。神さまは悪を善につくりかえることのできるお方です。

(祈り)

神さま、私の言動の小さな部分を戒めてください。

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