〔神の呪いと祝福のもとで生きる〕
2014年3月19日(水)
「神はアダムに呼びかけて言われた。『あなたはどこにいるのか』。」(創世記3:9)
人間は、自分の罪の中にひとりでとどまることを許されない。神が彼に語りかけ、逃走中の彼を立ち止まらせるのである。
・・・
<私は罪を犯しました。私はあなたの前に立つことができません>。自分が罪を犯したということが、自分が神から逃げることの弁解になるとでもいうのであろうか。これこそまさに人間の理解しがたい愚かさである。これに対して神は語る、<あなたは罪人だからこそ、私の前に立ちなさい。逃げてはならない>。ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、138頁ff。
罪人だからこそ神さまの前に立つことが必要なのです。人間の良心はその逆を私たちに語ります。しかし神さまはお声をかけ続けてくださるのです。
神さまの声に耳を傾けたいと思います。
逃走中の私の足を立ち止まらせる神さまのお声に耳を傾けたいと思います。
神さまの前に立ちたいと思います。
(祈り)
神さま、あなたのお声に耳を傾けさせてください。あなたから逃げて右往左往している私の足をとどめてください。あなたの前に立たせてください。
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