〔誘惑〕
2014年3月16日(日)
(マタイ4:8~11)
イエスの誘惑は、私たちが好み、そしてまたたやすく理解することのできる「悪の力に対する人間の英雄的な戦い」ではない。イエスは、誘惑を受けた時、自分の力をすべて奪われ、神と人間とから見捨てられ、ただひとりにされ、全くの暗闇の中を歩んだ。しかし、彼には、自分をかたく捕え、自分に代わって戦い、勝利を収める「神の言葉」、すなわち彼を助け、守り、支える「神の言葉」が残っている。そしてこの神の言葉によって、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」とイエスが叫んだ闇夜が明け始めるのである。
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どんな弱さの中にあっても、神の言葉によって支えられる人間は、神の使いを通して、肉体と精神と霊とに神から豊かな力が与えられる。これが誘惑の結末である。ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、133頁f。
感謝です。
(祈り)
神さま、常にみ言葉に聞き、み言葉によって生かされるものとならせてください。
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