教会の原型

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〔人間とは何か〕
2014年2月21日(金)
「それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い一体となるのである。」(創世記2章24節)

明らかに人間の性は、個人として存在すると同時に他者と共にひとつとなって存在するという二重のあり方を可能にする。性は最終的に人間が所属し合うことを具体化するものである。性はこの定めから離れた独自の意味を持たない。性はそれ自体では何の意味も持たないのである。夫と妻との交わりは神から得られ、創造者である神から栄光を与えられ、神によってたたえられる愛の交わりである。それゆえこの交わりは、教会の原型、教会そのものである。そしてこの交わりは教会であるゆえに、永遠に結ばれた交わりである。

ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、92頁f。

「一体となる」ために「離れる」必要があると聖書は語ります。夫婦の交わりは、父母と離れて成り立つものであり、離れてこそ一体となるのです。これは父母からの逃避を正当化しているのでは全くありません。正しく父と母との関係を築くための道です。正しく父と母との関係を「離れる」ということで築き上げた者だけが、夫婦の一体性を豊かに生きることができます。
夫婦の一体性を豊かにあらわす究極のものが性の交わりです。男女の交わりが、この夫婦の一体性以外の意味で行われるならばそれは何の意味もないことであり、むしろ罪でしょう。
神さまはこのような夫婦の一体性を豊かに生きることを誰よりも祝福していてくださいます。

(祈り)
神さま、豊かな家庭が築かれますように。そのために夫婦の基礎にイエスさまがいてくださいますように。

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