神は私を友人のように取り扱う

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〔敵を愛する愛〕
神は私を友人のように取り扱う
2014年1月29日(水)
「自分が賢い者だとうぬぼれてはならない。」(ローマ12章16節~)

私が神の戒めを守れず神に敵対していた時にも、神は友のように扱ってくれた。
・・・
どうして神が私を愛するのか、どうして神が私にとって大切なのかということはわからない。・・・けれども、今、私は確かに「わたしは憐れみを受けた・・・」と歌うことができるのである。このように私は本当は何も分からず何も理解できないのだから、この聖書の箇所には「自分が賢い者だとうぬぼれてはならない」と書かれているのである。

ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、51頁f。

神さまが私を愛して下さることは当然である、という考えは根本的に間違っています。罪人である私をどうして神さまは愛さなければならないのでしょうか。
しかし神さまは愛してくださったのです。なぜ愛してくださったのでしょうか。愛することが神さまにとって得だったからでしょうか。その方が都合がよかったからでしょうか。なぜ御子イエスさまを遣わして十字架の犠牲を払われたのでしょうか。
私たちにはわからないのです。分からないにもかかわらず、神さまからの憐れみを受けたことを歌います。神秘です。奇蹟です。
自分が賢い者だとうぬぼれてはいけません。自分を賢い者だと思うことから自由にされたいと思います。

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