私たちは悲しみをどれくらい避け得るか、どれほど成長していくかに気を遣う必要はありません。私たちの注意は、悲しみの中でどのように行動するか、その悲しみの中で主を待ち望み、私たちにそれをもたらすことを許された主の愛のご計画を信じることができるかに注がれるべきです。
詩篇91章2節
2013年11月15日(金)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
340頁
悲しみの中で私たちはどのような信仰的な心を持つのか。
「悲しみをどれくらい避け得る、どれほど成長していくか」。これは視点が自分にあります。
「悲しみの中でどのように行動するか、その悲しみの中で主を待ち望み」「主の愛のご計画を信じることができるか」。ここには視点が自分だけではなく、神さまへも注がれています。
視点を自分だけではなく、神さまにもしっかりと注ぐこと。
それが悲しみの中でも豊かな歩みを歩む秘訣です。
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