しかし、「神から生まれた人」(第1ヨハネ3:9)は、信仰と愛にとどまり、祈りと感謝の霊によって罪を犯すことがないばかりか、罪を犯すことができないのです。
ヨハネの手紙、第1、3章9節
2013年8月16日(金)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
245頁
罪を犯すことができない、ということはかなり大胆な言い方ではないかと思います。実際にはキリスト者は罪を犯すのですから。
できない、ということは不可能であるという意味でもあるし、そういう道を選択しないという意味でもあるように思います。
開き直って、罪を犯す自分を野放しにしているのは、キリスト者ではありません。キリスト者は、罪を犯すことができない、ということを大切に考え、自らの罪と日々戦っています。
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