神の愛が新生した人の心に注がれることによって起こる愛の実は、隣人への愛です。これは敵をも含めたすべての人の魂を意味します。
ヨハネの手紙第1、4章7節
2013年6月22日(土)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
187頁
イエスさまは自分を愛するように隣人を愛しなさいといわれました。自分を愛している人は隣人を真に愛することができます。自分を愛するということはわがままに生きるということではありません。自分を真に大切にするということです。自分の「親」になって自分を養い育み、時に叱り矯正しすることです。自分がどのように生きれば一番良いのかを知っておられるのは神さまだけです。自分さえも知らないのです。神さまの喜ばれるように生きること。それが自分を愛するということです。そのように生きることのできる者が隣人を真に愛することができます。
隣人を愛するということは、隣人を受け止めてあげるということです。何も受け入れる必要はありません。隣人の考えや感情を受け入れてしまって自分を同化してしまうことが愛することではありません。受け止めるのです。受けて止めておくのです。これは五木寛之が何かで語っておられました。受けて止めておく。受けるけれども、自分の中に入れない。そこに置いておく。そうして自分と相手の間の境界線をきちんと見出しておく。そうするところに真に愛する道が開かれていきます。そうして敵をも愛する愛がうまれるのです。
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