信仰の単純さ

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心の単純さだけが、敬虔な秘義を理解することができ、やがてまた「不義を負わされ」ないという秘義をも、理解できるようになる。すなわち、計算したり評価したり駆け引きしたりするのをやめてしまった単純さ。

リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、329頁 
詩篇32編2節
2012年10月10日(水)

この詩篇(詩篇32編2節)の「その霊に欺きのない人」という言葉。欺きのないということは、単純であるということのようです。計算したり評価したり駆け引きしたりということは、複雑なのです。そしてそれは神さま以外のことに救いを見出そうとする複雑さなのです。

そういったものを一切捨てて、単純になること。この単純さの中に、神さまの愛が見えてくるのです。「敬虔な秘義」を理解することができるのです。救いの恵みを味わうことができるのです。

「秘義」は正しい日本語としては「秘儀」だと思いますが、訳者はあえて秘義としています。原文がそういう意味なのでしょう。秘密にされている正しさということでしょうか。神さまの前に義として頂くということでしょうか。

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