ここに書いたバージョンが正しいという保証は、ぼくがそれを書き、他のストーリーは書かなかったということで与えられる。書かれたバージョンは書かれることを欲しており、他の多くのバージョンは書かれることを望まなかったのだ。
ベルンハルト・シュリンク、『朗読者』、203ページ
書かれたものの正しさを何で保証するのか、ということですが、それは著者自身が書いたという行為そのものによって保証するということでしょうか。
確かに客観的な保証ということを考えると、こと一人の人に人生を考えるとき、いったい客観的な保証というものが存在するのか、とも思えてきます。なかなか難しいことです。
コメントを残す