イエスは、御自身の事柄のために、私たちの心を求められる。彼は、私たちの手も足も、私たちの理性も、その他私たちの賜物や能力も求められるが、しかし第一には私たちの心を求められる。彼は、私たちの心が彼のもと以外のところにあるのを望まれない。
リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、187ページ
(ルカ12章34節)
2012年5月28日(月)
宝のあるところに心もあるのです。そうすると心をささげること、心を主イエスさまのもとにおくことが求められているのです。
イエスさまのもと以外のところにあるのを望まれないということは、イエスさまのところ以外のところにあるとき、私たちの心から平安が奪われます。イエスさまが望まれない状態は、私たちにとっては決して幸せな状態ではありません。
心の王座に主イエスさまをお迎えしたいと思います。また私たちの心をいつもイエスさまのもとに置きたいと思います。
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