祈りとは、我々の意志を神に行わせることではなく、我々が神の御心がなされることに神と同じくらい関心をもっていると表明することなのである。
エリクソン、キリスト教神学 第2巻、第19章、神の継続的みわざ:摂理、180ページ
祈りの大切さを思います。祈りの大切さを思えば思うほど、自らの祈りの足りなさを思います。
聖書の語る祈りは世の様々な宗教の語る祈りとは全く違うようです。
世の様々な宗教の語る祈りは、祈り手である人間の思いをぶつけ、神仏に言うことを利かせようとすることのようです。
それに対して聖書の語る祈りは、神さまのみこころを知り、神さまの御心がなされることを喜びとすることなのです。
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