今週の家庭集会で使徒の働き5章17~42節を読みました。使徒の働き5章17節に、祭司たちは使徒たちを「ねたみ」でとらえたと記されています。このねたみという言葉は、原語のギリシャ語では「ゼーロー(ゼーロス)」という言葉です。これはイエスさまの弟子で熱心党員シモンというのがいますが、その熱心党ということばが「セーロータイ」といい、それと同じ語源の言葉です。つまりねたみという言葉は、熱心とも訳される言葉なのです。確かに熱心だからねたみの心が生まれるのであって、熱心でなければねたみも生まれないということでしょう。
熱心さというのは悪いことではないと思います。しかし間違った熱心さは、ねたみの心を生み出します。だいたい銀行強盗をする人は熱心にしているでしょう。戦争を起こすところにも熱心さがあります。神さまを信じていなければいつも間違った熱心さに囚われてしまうのだと思います。
主の喜ばれる熱心さ、主にすべてをゆだねるところに生まれる熱心さに生かされたいと思います。
それにしてもPCでギリシャ語を打つのはどうすればいいのでしょうか。何とか打ってみたのですが、シグマの終止形はどうすればいいのでしょう。アクセントなどもどうすればいいのでしょう。どなたかご教授下さいませ。
コメントを残す