時間の流れと待つこと

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 今西栄太郎は、伊勢警察署からの回答を待った。
 手紙は一日で先方に着くであろう。それから調査がはじまるが、それは簡単にすむことだ。しかし、向こうも忙しいから、あるいは二三日放っておくかもしれない。それから手紙が来るとなると、四五日はかかる。
 今西は、そんなことまで計算し手首を長くしていた。
 すると、返事はわりに早くきた。問い合わせの手紙を出してから四日目だった。
 今西は、何をおいても先にその封を切った。

松本清張、『砂の器』、(下)、新潮社、1973年3月30日、273ページ
(昭和36年7月光文社より刊行)

 現代ならメールでの問い合わせということになるでしょうし、用件はその日に終わることでしょう。しかし今から約50年前の常識としては四五日かかるということでした。速いということは待たなくても良いということなので大変便利なことであり、無駄な時間を過ごすことも少ないように思います。しかしその分何かが失われているのかもしれません。スピードアップしたおかげで余裕が生まれているかといえばどうもそうではなく、むしろより忙しくなっているように思われます。
 待つこと、一見無駄な時間を過ごすように思えてもそこにはむしろ豊かな時間が流れているのかもしれません。

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