
2026年9月20日聖日礼拝
今月の聖句
マルコの福音書1章15節
時が満ち、神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。
今週の聖句
イザヤ書52章7節
良い知らせを伝える人の足は、山々の上にあって、なんと美しいことか。
【聖書人物からの黙想9 パンと杯をいただくペテロ】
ペテロとイエス様の関わりを見て行きますとまさにイエス様によるペテロの弟子訓練であります。弟子訓練の目標は2点。イエス様は私たちの罪の赦しのために十字架に架かられることを理解すること。第二はイエス様に従う事は自分を捨てて自分の十字架を負ってイエス様について行くことであります。
最後の晩餐の時、イエス様は弟子たちの足を洗うことを通して、罪で汚れた私たちを洗ってくださる方。わたしたちのしもべとなってくださり、わたしたちを愛し、私たちに仕えるしもべとなってくださったことを教えています。
さらに最後の晩餐の席で「イエスはパンを取り、神をほめたたえてこれを裂き、弟子たちに与えて言われた。取りなさい。これはわたしのからだです。また、杯を取り、感謝の祈りをささげた後、彼らにお与えになった。彼らはみなその杯から飲んだ。イエスは彼らに言われた。これは、多くの人のために流される、わたしの契約の血です。」(マルコ14章22~23節)イエス様は過越の小羊として、私たちの身代わりに死んでくださいます。イスラエルの民が過越の小羊を屠ったしるしとして、門柱、鴨居にしるしとして血潮を塗りました。そのように「これはわたしのからだです。」「これは、多くの人のために流されるわたしの契約の血です。」と言ってパンと杯に与ることを通してイエス様が真の救い主であることを理解して信じることを教えています。
「そして、賛美の歌を歌ってから、皆でオリーブ山へ出かけた。」最後の晩餐が終わり、イエス様は十字架への道を進まれ、ゲッセマネの園で祈りの戦いに向かわれました。ペテロたちはこれだけに愛に溢れた薫陶を受けていながら、イエス様が深く悩みもだえ苦しみの祈りの戦いをしておられる時、イエス様と十字架の道を一緒に歩くことが出来ず、ペテロは居眠りをしてしまいました。主イエス様のしもべの道を歩むとき、イエス様のみ思い、イエス様のお心を知り、イエス様のみ足に従いたいと思います。シャローム。
2026年9月13日聖日礼拝
動画(47分29秒)
聖書 エレミヤ書23章1節〜6節
説教 「残りの者の使命」
説教者 タン・ショーン師
今月の聖句
マルコの福音書1章15節
時が満ち、神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。
今週の聖句
列王記第二19章30節
ユダの家の中の逃れの者、残された者は下に根を張り、上に実を結ぶ。
【聖書人物からの黙想8 ペテロの足を洗うイエス様】
イエス様は弟子訓練の目標を教えておられます。「そのときからイエスは、ご自分がエルサレムに行って、長老たち、祭司長たち、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、三日目によみがえらなければならないことを、弟子たちに示し始められた。」第一はイエス様の愛のみわざである私たちのために十字架に架かられることを理解し信じること。もう一つは、イエス様の十字架の恵みにあずかる者は「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。」この2点を弟子が理解し、信じるように様々な語りかけをされています。最後の晩餐の席で「イエスは夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。それから、たらいに水を入れて、弟子たちの足を洗い、腰にまとっていた手ぬぐいでふき始められた。」(ヨハネ13章4~5節)来客のほこりまみれの足を洗うのはしもべの仕事でした。イエス様は率先してしもべをなって、弟子たちの足を洗い始められました。ペテロはこのことを受け入れられずに「決して私の足を洗わないでください。」と固持しています。イエス様が即刻しもべになって足を洗われた。その姿を見て、へりくだってしもべに喜んでなれないペテロのプライドの罪が指摘されてパニックになっています。イエス様の洗足を固持するペテロに「わたしがあなたを洗わなければ、あなたはわたしと関係ないことになります。」このイエス様のことばにペテロは過剰反応して「主よ、足だけでなく、手も頭も洗ってください。」と叫んでいます。イエス様は「水浴した者は、足以外は洗う必要がありません。全身がきよいのです。」と教えられました。水浴した者は洗礼を受けたことを指しています。イエス様を信じた者はきよくされています。過去の罪が赦され全身きよくされています。そのイエス様を信じた者がなすことはイエス様が弟子の足を洗われたように、兄弟姉妹がお互いプライドを捨てて、しもべとなって兄弟姉妹を愛し、仕える者となって、イエス様の後を歩むべきであることを教えています。弟子たちはイエス様のいないとき、誰が一番偉いかと言う論争をしています。イエス様は足を洗うことを通して、へりくだったメシヤとしてこの地上に来て贖いの代価として十字架の道を一歩、一歩としっかりを十字架に向かっておられます。罪、汚れの洗いきよめられたこと、感謝しましょう。シャローム。
2026年9月6日聖日礼拝
動画(34分15秒)
聖書 エペソ人への手紙4章25節〜32節
説教 「聖なる宮」
説教者 高橋 博師
今月の聖句
マルコの福音書1章15節
時が満ち、神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。
今週の聖句
コリント人への手紙第一3章16節〜17節
あなたがたは、自分が神の宮であり、神の御霊が自分のうちに住んでおられることを知らないのですか。もし、だれかが神の宮を壊すなら、神がその人を滅ぼされます。神の宮は聖なるものだからです。あなたがたは、その宮です。
【聖書人物からの黙想7 栄光のイエス様の謙卑とペテロの信仰】
「それから六日目に、イエスはペテロとヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。」この山の上でイエス様のお姿が栄光に輝き、律法の代表モーセと預言者の代表のエリヤがイエス様にお仕えしていました。ペテロは栄光に輝くイエス様のお姿を拝見しました。山を下りたときイエス様は2度目の受難告知をされました。さらに22節で3度目の受難告知をしています。「人の子は、人々の手に渡されようとしています。人の子は彼らに殺されるが、三日目によみがえります。すると彼らはたいへん悲しんだ。」1回目の受難告知のとき、ペテロは受け入れられず否定して、イエス様からお叱りを受けました。2回目の受難告知には沈黙、三度目の受難告知には「彼らは大変悲しんだ」と書かれています。マタイ17章24節から神殿税の納入を通してイエス様の栄光とへりくだりを教えておられます。「シモン、あなたはどう思いますか。地上の王たちはだれから税や貢ぎ物を取りますか。自分の子たちからですか、それとも、ほかの人たちからですか。ペテロがほかの人たちからですと言うと、イエスは言われた。ですから、子たちにはその義務がないのです。」(26節)イエス様は罪のない、神の独り子であられることゆえ、神殿税の納入の義務のないことを教えられながら、「しかし、あの人たちをつまずかせないために」ペテロを湖に行かせ「釣り糸を垂れ、最初に釣れた魚を取りなさい。その口を開けるとスタテル銀貨一枚が見つかります。それを取って、わたしとあなたの分として納めなさい。」不思議な奇跡で銀貨を確保してイエス様は神の子であられるのに、一人の人となられて、罪人が自分の罪を贖うためのささげ物、神殿税をささげておられます。罪のない神の御子イエス様が私たち罪人に代って、罪人となって十字架で苦しんでくださいました。ガリラヤ湖のこの魚はブラックバスと似て光る金属に反応する魚です。この魚は湖底の銀貨を口にくわえ、さらにペテロの釣り針をくわえてペテロの餌食になりました。イエス様は神殿税の確保が出来ました。豊かな神の子イエス様が貧しい地上の人になってくださいました。イエス様は色んな方法で十字架を教えていてくださいます。シャローム。
2026年8月30日聖日ファミリー礼拝
動画(44分57秒)
聖書 出エジプト記20章1節〜17節
説教 「神の民として生きている」
説教者 リュウ・ホイイン師
今月の聖句
ローマ人への手紙12章1節
ですから、兄弟たち、私は神のあわれみによって、あなたがたに勧めます。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。
今週の聖句
出エジプト記33章13節
今、もしも私がみこころにかなっているのでしたら、どうかあなたの道を教えてください。そうすれば、私があなたを知ることができ、みこころにかなうようになれます。この国民があなたの民であることを心に留めてください。
【聖書人物からの黙想6 ペテロとイエス様の変貌】
ペテロはピリポ・カイザリヤでイエス様を「あなたは生ける神の子キリストです。」と信仰告白をしました。ペテロがイエス様に従って1年半ほどの時でした。このペテロの信仰告白の直後にイエス様は始めて弟子たちに受難の告知をしています。ペテロはイエス様が奇跡をされ、病む人を癒やし、力あり愛あるメシヤとの信仰告白にまで導かれました。愛の極みは友のためにいのちを捨てる愛です。イエス様は私たち罪人を救うため、罪なきお方が十字架の道を歩んでくださいます。イエス様に従う弟子たちも自分を捨て、自分の十字架を負って従いなさい、と語られましたが、その時のペテロには理解が出来ませんでした。マタイ17章1節「それから六日目」イエス様はペテロ、ヨハネ、ヤコブを高い山に連れて行かれました。弟子たちの前でイエス様のお顔は太陽のように輝き、御姿が変わり、衣は光り輝きました。そこにモーセとエリヤが現われ、イエス様と語りあっている姿をペテロは目撃、体験しました。地上に来られる以前の栄光の輝きのイエス様のお姿をペテロは拝見する事が出来、ここに幕屋を立てて何時までもここにいてくださいとお願いしました。そんな時、天からの声が響きました。「これはわたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。彼の言うことを聞け。」山を下りてイエス様は2度目の受難の告知をしています。イエス様の先駆けとしてバプテスマのヨハネがイエス様の道の備えをしました。時が満ちた、悔い改めて福音を信じなさい。ヘロデはヨハネのメッセージに悔い改めないでヨハネの首をはねてしまいました。それと同じように人の子イエス様も人々から苦しみを受ける事になります。これがイエス様の第2回目の受難の告知であります。この時、ペテロは無言でこの告知を聴いていました。イエス様は弟子たちが理解出来るように、信じて、ついて来られるように、十字架の道の苦難と祝福、勝利を教えておられます。十字架の道を日々心で黙想しましょう。シャローム。