
2026年8月2日聖日礼拝
動画(39分10秒)
聖書 エペソ人への手紙4章1節〜13節
説教 「主にある多様性と一致」
説教者 高橋 博師
今月の聖句
ローマ人への手紙12章1節
ですから、兄弟たち、私は神のあわれみによって、あなたがたに勧めます。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。
今週の聖句
コリント人への手紙第一12章11節
あなたがたはキリストのからだであって、一人ひとりはその部分です。
【聖書人物からの黙想 ペテロの召命 2】
「彼(アンデレ)はシモンをイエスのもとに連れて来た。イエスはシモンを見つめて言われた。あなたはヨハネの子シモンです。あなたはケファ(言い換えれば、ペテロ)と呼ばれます。」(ヨハネ1章42節)バプテスマのヨハネが野に現われ「救い主が来られる。心を整え悔い改め、水で洗礼を受けて、メシヤの到来の備えをする様に。」と宣教を開始するや、ヨハネとヤコブ、アンデレがバプテスマのヨハネの弟子となりました。イエス様が来られ、ヨハネから洗礼を受けられると聖霊が天から鳩のようにくだり、天から声がありました。「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。」この天からの声を聞いて、ヨハネ、ヤコブ、アンデレはバプテスマのヨハネを離れ、イエス様の弟子となりました。イエス様の弟子となったアンデレは一番に自分の兄、シモンペテロをイエス様の所につれてきました。アンデレは兄ペテロをイエス様の所につれてくる大きな働きをしています。イエス様はシモンにあなたはケファ、ペテロ、岩と呼ばれますと声をかけられ、イエス様の弟子の歩みを始めています。それからしばらくしてペテロは深夜一晩中漁をして一匹も捕れませんでした。がっかりした心で網の修理をしていました。そこへイエス様は深みに漕ぎ出して網を降ろして魚を捕りなさい、と言われました。先生、私たちは夜通し働きましたが、何一つ取れませんでした。でもおことばですので、網を下ろしてみましょう。そして、そのとおりにすると、おびただしい数の魚が入り、網が破れそうになった。そこで別の舟にいた仲間の者たちに、助けに来てくれるよう合図した。彼らがやって来て、魚を二艘の舟いっぱいに引き上げたところ、両方とも沈みそうになった。これを見たシモン・ペテロは、イエスの足もとにひれ伏して言った。主よ、私から離れてください。私は罪深い人間ですから。」この時からペテロはすべてを捨ててイエス様に従って行きました。兄弟アンデレに誘われる、イエス様にあなたはペテロと親しく声をかけられる、イエス様に従って不思議な大漁を経験して、すべてを捨ててイエス様を心から信じて従って行きました。主に従う時、ペテロさえも段階がありました。私たちも一歩一歩、主に従って行きましょう。シャローム。
2026年7月26日聖日礼拝
動画(41分04秒)
聖書 出エジプト記2章1節〜10節
説教 「バスケットの中の王子」
説教者 タン・ショーン師
今月の聖句
出エジプト記14章14節
主があなたがたのために戦われるのだ。あなたがたは、ただ黙っていなさい。
今週の聖句
エレミヤ書29章11節
わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている─主のことば。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
【聖書人物からの黙想 ペテロ 1】
「十二使徒の名は次のとおりである。まず、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ」今日から数回にわたってペテロさんを取り上げます。マタイ、マルコ、ルカに記載されている十二使徒のリストにいつもペテロはトップに登場します。弟子になった時間的な順では4番目ですが、いつも十二使徒の代表としてイエス様に取り扱われています。今日はペテロの名前について考察します。植民地になった事などから多文化、多言語の国や地方は沢山あります。イエス様の生活されたイスラエルも多文化、多言語の国でした。エジプトの奴隷、バビロンの捕囚、その後もペルシャ、ギリシャ、ローマの植民地、支配下になっています。家の中ではアラム語が使われ、礼拝など信仰の世界ではヘブル語が使われ、日用生活ではギリシャ語かアラム語が使われていました。それ故名前も皆さん二つか三つ持って都合の良い使い方をしていました。ヨハネ1章42節「イエスはシモンを見つめて言われた。あなたはヨハネの子シモンです。あなたはケファ(言い換えれば、ペテロ)と呼ばれます。」「バルヨナシモン」と言うことばからヨナの子シモン、ペテロの父はヨナと言う人。シモンはシメオンとも呼ばれています。シモンのルーツはヤコブの12人の子どもの2番目のシメオンに由来しています。このシモンをみてイエス様はギリシャ語であなたをペテロと呼びます、とギリシャ語の名前、ペテロをいただいています。岩という意味です。岩のように盤石な信仰、意思に生きるクリスチャンになる事を祈られ期待されていただいた名前です。その時のペテロは岩のような信仰を持っていません。岩のような頑固な自分の考えに固執する融通のきかない男がその時のシモンペテロでした。この頑固な自己中心のペテロもイエス様の訓練、失敗を重ねても飽きずに赦して訓練を続けるイエス様の愛、イエス様が十字架の上でそのお体が壊されて行く姿を見ながら、ペテロのかたくなな心、頑固な生き方が砕かれて、硬い信仰、揺るがない意思の岩なる使徒に変えられて行きました。さらにイエス様こそ真の岩、イエス様をメシヤ、救い主と信じる信仰告白こそ、揺るがない岩、教会の土台であることをイエス様はペテロに教えています。「そこで、わたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上に、わたしの教会を建てます。よみの門もそれに打ち勝つことはできません。」マタイ16章18節 シャローム。
2026年7月19日聖日礼拝
動画(39分18秒)
聖書 エペソ人への手紙4章1節〜16節
説教 「神に召されて生きる」
説教者 高橋 博師
今月の聖句
出エジプト記14章14節
主があなたがたのために戦われるのだ。あなたがたは、ただ黙っていなさい。
今週の聖句
ローマ人への手紙8章28節
神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。
【聖書人物からの黙想 イスカリオテのユダ 2】
「このユダがイエスを裏切ったのである。」(マルコ3章19節) なぜユダはイエス様を裏切ったのか、これは大きな問いであります。最後の晩餐の時、イエス様は弟子たちを最後の最後まで愛された。そんな時「悪魔はシモンの子、イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていた。(ヨハネ13章2節)「ユダがパン切れを受け取ると、その時、サタンが彼に入った。」ユダはこの時、悔い改めてパンをいただくべきであった。イエス様の十字架の死を証しする愛の塊のパンを無視する心で受けた時に、ユダはサタンの支配下の落ちてしまいました。12弟子は皆、未熟、弱さ、罪を持った人たちでした。ユダの名前はイスカリオテのユダと言われています。イスカリオテの意味は2つあります。カリオテ出身のユダと言う意味。カリオテはユダヤの南部ヘブロンの近くの町。ペテロたちほとんどの弟子は北のガリラヤ出身でありますが、ユダ一人ヘブロンの近くのユダヤの町の出身の人で誇りがありました。カリオテのもう一つの意味は常に短刀を懐に持って熱心党の一員で暴力によってでもユダヤの繁栄を取り戻す党派にいました。イエス様は救い主、メシヤとして真の繁栄を取り戻してくださるお方です。それは経済力、軍事力、政治力ではなく、この世を支配している罪の力、サタンの力を打ち壊して、人々の幸せ、喜び、繁栄を取り戻してくださるお方です。経済が繁栄しても、強力な軍事力を持っても、科学が発展しても、人の心が憎しみ、怒り、復讐心に満ちておれば、それらの力は人を幸せにしません。この罪に勝利をする道を開くためにイエス様は十字架に架かり、復活をして、聖霊を注いで私たちを生まれ変わらせ、神の子としてくださいました。ユダはイエス様の力を利用して、ローマ帝国を打破して地上の繁栄を求めていましたが、イエス様が十字架に向かわれる事がわかったとき、パンをいただきながら、この方は私の主ではない、とサタンにそそのかされて大祭司のところに行って銀貨30枚をもらって、兵士たちをゲッセマネの園に導いて、イエス様を裏切ってしまいました。それまでユダにも何度も何度も立ち返るチャンスはありました。ユダはプライドの人、また会計係をしてお金をごまかしていました。この時もプライドを捨てて、自我を十字架につけて、謝罪する機会はありました。ユダは最後まで自我を捨てること、十字架につける事が出来ませんでした。私たちのも問題は一杯ありますが、自我を、間違いを、プライドを十字架につける救いの道を歩みましょう。シャローム。
2026年7月12日聖日礼拝
動画(45分52秒)
聖書 マタイの福音書15章21節〜28節
説教 「イエスは私たちを満たしてくださる」
説教者 タン・ショーン師
今月の聖句
出エジプト記14章14節
主があなたがたのために戦われるのだ。あなたがたは、ただ黙っていなさい。
今週の聖句
ヨハネの福音書6章35節
イエスは言われた。わたしがいのちのパンです。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。
【聖書人物からの黙想 イスカリオテのユダ 1】
「そのころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈りながら夜を明かされた。そして、夜が明けると弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び、彼らに使徒という名をお与えになった。」(ルカ6章12~13節) 今日は12使徒の中のイスカリオテのユダを取り上げます。イエス様を裏切ったユダについてはマタイ、マルコ、ルカに記載されている12使徒の名簿ではいずれも最後に記載され、このユダがイエスを裏切ったのである、と書かれています。イエス様は山に行って徹夜して祈り、12使徒を選ばれました。イエス様は徹夜の祈りをしてユダを使徒に選任され、3年間、寝起きを共にして、みそばに置かれて指導、訓練をされました。そのユダがなぜイエス様を裏切ってしまったのか、聖書を理解する大きなテーマであります。12使徒は初めから成熟した人は誰もいません。ペテロも何度も失敗をしています。イエス様が十字架に引かれて行くとき、3度もイエス様を知らない、と裏切っています。でもイエス様の愛と赦しを信じて、赦されてわたしの小羊を飼いなさい、と主との交わりが続いています。ヨハネもヤコブも雷の子と呼ばれる気性の激しい兄弟。他の弟子たちを出し抜いてイエス様の右の座と左の座に着かせていただきたいと厚かましい願いをして、他の弟子たちは立腹しています。ペテロもヨハネもヤコブも、他の弟子たち皆、失敗し、罪を犯していますが、主の愛、赦しを信じて罪を悔い改めて、赦されて主に従っています。イエス様の十字架の横の十字架につけられた強盗も息を引き取る寸前、「主イエス様、あなたが御国に入られる時には、私を思い出してください」とイエス様の愛と赦しを信じて信仰の告白をして天国に迎えられています。創世記のカインは自分の献げものが主の目に留まらなかったので、怒っています。この時主から声をかけられていますが、それを聴いていません。カインは暴走して弟アベルを殺害して、主の交わりから遠ざけられています。ユダは弟子たちの会計係をする有能な人でした。その有能さがプライドとなり、私的にお金を流用するようになり、悪魔の誘惑をきちんと断ち切る事が出来なくなって行き、悲惨な最期となって行きました。サタンの誘惑はどこにでもあり、負ける事もありますが、主の愛と赦しを信じて悔い改めの道を歩む時、祝福があります。シャローム。