「あなたは メルキゼデクの例に倣い とこしえに祭司である。」
(詩篇110編4節)
「メルキゼデク」は、アブラハムを祝福するためにやって来たサレムの王です(創世記14章18節以降)。ヘブル書7章をみると、平和(サレム)の王であり、義(ゼデク)の王(メルキ)であると書かれています。
このような名前にふさわしい方は、イエスさまお一人だけです。義であり平和であるイエスさまは、ご自身がまことの祭司であり、また王であることを十字架と復活のみわざによって明らかにされました(ヘブル7章)。
イエスは永遠に存在されるので、変わることがない祭司職を持っておられます。したがってイエスは、いつも生きていて、彼らのためにとりなしをしておられるので、ご自分によって神に近づく人々を完全に救うことがおできになります。このような方、敬虔で、悪も汚れもなく、罪人から離され、また天よりも高く上げられた大祭司こそ、私たちにとってまさに必要な方です。
(ヘブル7章24~26節)
平和の王、義の王であるまことの大祭司イエスさまは、私たちを完全に救うことができます。
私たちの義と平和は、ときに相反することがあります。自分の義を主張することで平和が乱されます。大義のために戦いを起こします。逆に、平和を求めるあまり正義を見失います。不正義がはびこるような安逸をもとめます。いずれも救いとは遠く離れているように思います。
イエスさまこそまことの義、まことの平和そのものです。私たちは、このイエスさまに生かされていきます。