聖霊に満たされる(2026年5月24日の週報より)

「すると皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた。・・・この物音がしたため、大勢の人々が集まって来た。彼らは、それぞれ自分の国のことばで弟子たちが話すのを聞いて、呆気にとられてしまった。彼らは驚き、不思議に思って言った。「見なさい。話しているこの人たちはみな、ガリラヤの人ではないか。それなのに、私たちそれぞれが生まれた国のことばで話を聞くとは、いったいどうしたことか。」

(使徒2章4~8節)

世界にはさまざまな国がありそれぞれに言葉があります。ある資料では七千以上の言葉があるそうです。しかし人間が神さまに造られたとき、最初は一つでした。

この世界にたくさんの言葉がある原因を、聖書はバベルの塔の出来事によって説明しています(創世記11章)。人間は一つの共通の言葉であったことで高慢になり神のようになろうとしました。それをご覧になられた神さまが、言葉を混乱させ、互いの話し言葉が通じないようにされたのです。言葉が通じないことによって高慢が砕かれ、神さまへの謙遜を生むことを期待されたのだと思います。しかし地に散らされた人間の歴史は、罪と混乱に満ちて行きました。神さまはそのような人間を回復するために御子イエスさまをこの地に遣わしてくださいました。

イエスさまの福音は、破壊された世界を再創造します。主が遣わされた聖霊に満たされるとき、私たちは神さまの前に謙遜になります。そして互いに意思疎通ができるようになります。福音は互いの隔ての壁を打ち破る力を持っています。

2026年5月24日のめぐみキリスト教会週報より