聖霊を待ち望む (2026年5月17日の週報より)

「しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。」

(ヨハネの福音書14章26~27節)

イエスさまは、私たちに平安を与えてくださいます。しかし、世が与えるのと同じようには与えないと、言われました。

世が与える平安とイエスさまが与えようとしておられる平安とはどこがどのように違うのでしょうか。

主は続いて、心を騒がせてはならない、ひるんではならない、と言われました。心を騒がせるような事態を迎える、ひるんでしまいそうになる現実に出会う、ということでしょう。そういう中にあっても心騒がせない、ひるまない生き方に招かれているのだと思います。

世が与える平安は何の問題もないという平安なのかもしれません。しかし主が与えてくださる平安は、どのような問題の中にあっても失われることのない平安です。

助け主、すなわち聖霊が遣わされる。聖霊は、すべてのことを教えてくださる。そして主が語られたことを思い起こさせてくださる、と主は語ってくださいました。

イエスさまを信じる者に聖霊がともにいてくださいます。心騒ぐとき、ひるみそうになる時、主のお言葉を思い起こさせてくださいます。み言葉を思い起こすとき、あらゆる事態の中にあっても失われることのない平安に満たしていただけます。