復活の信仰

「火の中から語られる神の声を聞いて、あなたのようになお生きていた民があっただろうか。・・・主はあなたを訓練するため、天から御声を聞かせ、地の上では大いなるご自分の火を見せられた。その火の中から、あなたはみことばを聞いた。」

申命記4・33、36

訓練と聞くとあまりうれしい気はしないのですが、神さまは私たちを「子」として扱おうとしてくださいますので、愛するがゆえの訓練を神さまは私たちにお与えになるのだと思います。

神さまは訓練するために、御声を聞かせて下さいました。御声を聞いてそれに従うという訓練かもしれませんし、御声を聞くことそのものの訓練かもしれません。聞いてはいてもそれを理解しない、それに従わないならば、それは聞いたことにはなりません。聞くということは、理解することであり、また従うことです。確かに聞くということ。そのことの訓練を神さまは私たちに与えられます。

イエスさまを信じる者は、いつもこの訓練を受けています。礼拝において語られる御言葉を聞く。日々聖書に親しみながら、そこに語られている神さまの言葉を聞く。そうして信仰は養われていきます。

神さまの言葉は、天から語られます。天を仰ぎ見る者に神さまは語ってくださいます。

また神さまは火の中から語られます。この火を「山の頂を焼き尽くす火のよう」に見えた「主の栄光」(出エジプト24・17)であるとすれば、そこで語られた言葉は「十戒」ということになるでしょうか。

主は私たちが幸せに歩むことを願っておられます。そのために語ってくださった御言葉を大切に聞く者でありたいと思います。