2023年4月9日聖日礼拝

動画(29分04秒)

聖書 ルカの福音書23章39節〜43節
説教 「あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」
説教者 高橋博牧師


今月の聖句

エゼキエル書36章26節

あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。


今週の聖句

使徒の働き2章32節

このイエスを、神はよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です。


今週の詩篇の黙想

詩篇118篇1節〜29節

  1. 詩篇118篇は繰り返しの多い詩篇で、巡礼者の詩篇と呼ばれています。イスラエルの民は年に三度、過ぎ越し、五旬節、仮庵の祭りに全国から旅をしてエルサレムに向かいました。エルサレムへの巡礼の旅の途上、繰り返し繰り返し歌ったのがこの詩篇です。リーダーと同伴の人々が交互に交唱して歌いつつエルサレムへ向かいました。それはさながら天国への巡礼の旅をほうふつさせます。先頭の指導者が「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。」と呼びかけると後方の集団が「その恵みはとこしえまで」と歌いかえします。続いて「さあ。イスラエルよ、言え。」と呼びかけると後方の民全体が「主の恵みはとこしえまで」と歌いかえします。

  2. これらの賛美の響きの中で巡礼の旅人はエリコからエルサレムへの坂道を登って行きました。エリコの標高はマイナス200M,エルサレムはプラス700M,エリコとエルサレムの高低差は900M。苦しい坂道を登りきるとエルサレムの神殿が太陽に輝いています。その時、苦しい旅を続けていた人々は、天国への巡礼の旅に思いを重ね、ゴールが見えた喜びの歓声をあげました。エルサレムの神殿の門に着いたとき、19節「義の門よ。私のために開け。私はそこから入り、主に感謝しよう。これこそ主の門。正しい者たちはこれより入る。」と巡礼者がエルサレムの門の前で喜びを持って高らかに歌います。

  3. その時、神殿のレビ人たちも集団で詩篇を歌いながら門を開け、巡礼者は「私はあなたに感謝します。あなたが私に答えられ、私の救いとなられたからです」(21節)と賛美しつつ神殿の奥に入って礼拝をささげます。私たちは天国を目指す巡礼の旅人です。今日も信仰の旅路を歩んでいます。旅には辛いこともあります。「苦しみのうちから、私は主を呼び求めた。主は、私に答えて、私を広い所に置かれた。主は私の味方。私は恐れない。人は、私に何が出来よう。主は私を助けてくださる私の味方。私は、私を憎む者をものともしない。主に身を避けることは、人に信頼するよりもよい。主に身を避けることは、君主たちに信頼するよりもよい。」(5~9節)とこの詩篇を口ずさみつつ天国への信仰の旅路を私たちも歩んでいきたいと思います。

2023年4月2日聖日礼拝

動画(41分38秒)

聖書 創世記29章21節〜35節
説教 「人の欺きと神の慰め」
説教者 高橋博牧師


今月の聖句

エゼキエル書36章26節

あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。


今週の聖句

ローマ書11章33節

ああ、神の知恵と知識の富は、なんと深いことでしょう。神のさばきはなんと知り尽くしがたく、神の道はなんと極めがたいことでしょう。


今週の詩篇の黙想

詩篇117篇1節〜2節

  1. 詩篇117篇は2節だけの最短の詩篇です。次の次の詩篇119篇は176節まである最長の詩篇です。しかし詩篇117篇はなんと旧新約聖書66巻の丁度真ん中の章になっています。旧新約聖書合計1189章のど真ん中、595番目が詩篇117篇です。短い詩篇ですが聖書の頂点のようで内容は壮大です。「すべての国々よ。すべての国民よ。」と呼びかけがあります。国々よ、国民よと、繰り返しています。今までの詩篇はイスラエルよ、アロンの家よ、主を恐れる者よ、と主をほめたたえる者が限定されていましたが、詩篇117篇では「すべての国々よ。すべての民よ。」と広がりがあります。イエス様が十字架に架かられ、復活され、聖霊がくだった時、「終わりの日に、わたしは、すべての人にわたしの霊を注ぐ」の約束が実現し、「主の名を呼び求める者はみな救われる」と宣言され、救いが異邦人に、全世界に、イスラエルの垣根を越えて地の果てにまで広がる展望を見据えて歌われています。

  2. 詩篇の作者はバビロン捕囚から帰還し、エルサレムで塵芥から石を掘り起し、石を磨いて神殿の城壁の再建をしています。お金もない、バビロンの壮大な建築物から見ると小さな小さな神殿の再建工事に携わっていながら、預言者ヨエルやエゼキエルは塵芥の中の石ではなく、罪に汚れた異邦人が救われ、きよめられ、石の神殿ではなく、贖われた者、一人一人が組み合わされて築かれる霊の家の神殿を夢見て、「すべての国々よ。すべての民よ。主をほめたたえよ。主をほめ歌え。」と歌っています。今日私たちのくちびるも聖められて、主をほめる者とならせていただきましょう。

  3. 2節は「主の恵みは私たちに大きい。主のまことはとこしえまで。」と歌っています。「主の恵み」「主のまこと」「大きい」「とこしえ」が並んでいます。パウロはエペソ3章18節で「すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、」と祈っています。塵芥の中の石が洗われ、きよめられ、削られ、磨かれて聖なる神殿の石になって行きます。そのように私たちは、かつては捨てられていました。役に立たないもの、存在価値を持っていない汚れた石のようなものでした。キリストの大いなる愛は私たちを生まれ変わらせ、作り変えて、新しくし、全く造り変える力があります。キリストの愛の深さ、大きさを知って、最後にその愛はとこしえにまで変わらないことを告白して歌いましょう。小さな詩篇にこめられた大きな愛を受けて、小さな私たちが変えられて大きな夢を抱くことが出来ることを感謝しましょう。ハレルヤ。

2月19日聖日礼拝

動画(42分28秒)

聖書 創世記26章12節〜25節
説教 「平和をつくる人」
説教者 高橋博牧師


今月の聖句

詩篇119篇105節

あなたのみことばは私の足のともしび私の道の光です。


今週の聖句

ローマ書12章21節

悪に負けてはいけません。むしろ、善をもって悪に打ち勝ちなさい。


今週の詩篇の黙想

詩篇111篇1節〜10節

  1. 詩篇111篇は10節までのコンパクトな詩篇です。各行の頭がABCの順になっているヘブル語のいろは歌です。1節は「ハレルヤ。私は心を尽くして主に感謝をささげよう。直ぐな人の交わり 主の会衆において。」と感謝を献げますと歌い出されています。2節では「主のみわざは偉大。それを喜ぶすべての人に尋ね求められるもの。」と感謝の根拠として、主のみわざの偉大さを認識してほめたたえています。

  2. 2~7節で主のみわざが5回繰り返されています。2節「主のみわざは偉大」3節「そのみわざは威厳と威光」4節「主はその奇しいみわざを人の心に刻まれた」6節「国々のゆずりの地をご自分の民に与え彼らにそのみわざの力を告げ知らされた」7節「御手のわざは真実と公正そのすべての戒めは確かである」このような主の大いなるみわざを覚えて感謝を献げる告白から始まっています。主のみわざを知ることを通して神様を深く知ることが出来、神様のみわざを知ることと神様御自身を知ることは深い関係があります。

  3. この感謝の告白を1節の後半では「直ぐな人の交わり主の会衆において」と続いています。個人で告白するだけでなく、主の会衆において、と言うことは今日的に言えば、教会の交わりにおいて、教会の共同体的交わりにおいて、主のみわざと主の属性を覚えて感謝と賛美を献げることが勧められています。「主はその奇しいみわざを人の心に刻まれた。主は情け深くあわれみ深い。」と4節で歌われています。主はくすしいみわざを私たちの心に刻み込んでくださり、情け深くあわれみ深い主の御性質、主の御人格をも心に刻印のように刻み込まれます。

  4. 6節では「国々のゆずりの地をご自分の民に与え 彼らにそのみわざの力を告げ知らされた。」エジプトから帰って来たイスラエルの民に割り当て地をお与えになりました。今日においても主は私たちに「ゆずりの地」を与えて下さいます。主御自身が「ゆずりの地」であります。それは使命の場所であり、自分の居場所であります。主は私たちを目的を持って生かしてくださり、目的を持って救いの恵みに与らせてくださいました。主を知ることはこのゆずりの地に生きることであり、自分が生かされる安息の地、居場所を得ることであります。最後の10節において「主を恐れることは、知恵の初め。」(新改訳第三版)と歌い「主の誉れは永遠に堅く立つ。」と結んでいます。主のゆずりの地での安息を感謝しましょう。シャローム。

8月14日聖日礼拝

動画(26分17秒)

聖書 マタイの福音書16章21節〜28節
説教 「十字架を負って」
説教者 高橋博牧師


今月の聖句

コリント人への手紙第一13章13節

こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。


今週の聖句

ヨハネの福音書10章9節

わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら、救われます。  また安らかに出入りし、牧草を見つけます。


今週の詩篇の黙想

詩篇84篇1節〜12節

  1. 「アシュレー」(幸いなことよ)で詩篇1篇1節は始まっています。今日の84篇では「アシュレー」(なんと幸いなことでしょう)が三度繰り返されています。詩篇の教えるアシュレー(幸いを)心に留めましょう。第一の幸いは4節「なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。彼らは、いつも、あなたをほめたたえています。」神の家に住む幸いを歌っています。神の家に住む幸いは喜びの賛美をささげ、あなたをほめたたえています、と書かれています。神の家、教会で神の家族が集まって賛美をささげる礼拝を「恋い慕って絶え入るばかり」と歌っています。毎週の礼拝の幸いをかみしめましょう。

  2. 「アシュレー」幸いの第二は「なんと幸いなことでしょう。その力が、あなたにあり、その心の中にシオンへの大路のある人は。」主を礼拝し、主をほめたたえる礼拝の中から主の力を受ける人々の幸いが歌われています。礼拝から奉仕、証へと発展していきます。主の恵み、主の力を受けたものは「彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。彼らは、力から力へと進み、シオンにおいて、神の御前に現れます。」荒野に水がわき、砂漠の花が咲くように人々の荒廃した心、乾いたところに恵みの雨が降り注ぎ人々は変えられ主を賛美する器と変えられていきます。

  3. 「アシュレー」幸いの第三は「なんと幸いなことでしょう。あなたに信頼するその人は。」主に信頼する幸いが歌われています。お金や財産、人間の世的な知恵に信頼するより、主に信頼する幸いを告白しています。11節「まことに、神なる主は太陽です。盾です。主は恵みと栄光を授け、正しく歩く者たちに、良いものを拒まれません。」という約束を信頼して生きてことを勧めています。種まきも刈り入れも貯蓄もしない一羽の雀を主は守っていてくださいます。主のそばから離れないで、主を礼拝し、信頼して幸いな人生を送りましょう。