神学生奉仕から続いて八日市教会で伝道師として学びましたが、その春、次女が誕生しました。当時の近江八幡市民病院で妻は出産しました。長女に続き子どもの名前には「心」の入った漢字をと思い「優子」と命名しました。
私はというとこの日は神学校の同窓生の結婚式で披露宴の司会でしたので大阪に出かけることになっていました。あせる心で出かけたのですが、帰るころにはしっかり生まれていました。
本部のはなれでの子育て。長浜から義母が手伝いに来てくれました。義母は子どものころに五個荘に住んだことがあるそうです。本部の道を挟んで東側に同級生が住んでいて野菜などもいただくこととなりました。また教員をしていた義母は一時五個荘の学校に勤めたこともあるそうです。未信者の義母にはキリスト者に囲まれた本部での生活はどうだっただろうかと今でも想像していますが、案外楽しく過ごしてくれたのかもしれません。
「いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。」
(エペソ5:20)
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