詩篇97編は「主は王である」という宣言から始まります。神さまは全地の王です。
ただ、神さまが全地の王であることは、すべての人が認めているのではありません。「主を愛する者たち」にとっても、神さまのご支配を実感できないことはしばしばです。そして、そんな「主を愛する者たち」にとって、神さまを信じる私たちにとって、「主は王である」という宣言は大きな励ましです。
詩人は最後に「主を愛する者たち」に呼びかけます。「主にあって喜べ」、「聖なる御名に感謝せよ」。詩人が喜びと感謝を呼びかけるのは、神さまが光と喜びを蒔いていてくださるからです。「光は 正しい者のために蒔かれている。/ 喜びは 心の直ぐな人のために」。
聖書の中で「蒔く」と言えば「種」です。神さまが蒔いていてくださる光と喜びは種なのだと思います。
蒔かれた種は地面の中に隠れています。すぐには芽が出ません。長く芽が出ないと、不安になります。しかし、時が来ると、種は芽を出します。神さまの蒔かれた種は、必ず芽を出して、花を咲かせて、実を結びます。そして、その豊かな実によって、私たちは喜び感謝するのです。
私たちは喜びや感謝を失うことがあります。しかし、そんな私たちに、神さまはいつも光と喜びの種を蒔いていてくださいます。
この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。(ローマ人への手紙5章5節)