中村穣『信じても苦しい人へ』から
私たちの信仰は、揺れ動いていいのです。揺れ動かない強い信仰をもとうとするのではなく、揺れ動く弱さをもって主の前に出るのです。
信仰生活が始まった頃の私は、いつも強い信仰を追い求めていたように思います。どのような試練や誘惑の中でも、決して揺れ動かない信仰です。どんな時にも神さまを信頼して生きる者でありたいと願っていたのです。
実際には揺れ動いてばかりでした。ちょっと自分の思いどおりにならないことがあると、自分で何とかしようとします。大きな試練に襲われると、不安でいっぱいになることもしばしばです。そして、もっとしっかりしないといけない、神さまを信頼しないといけない、そのように自分を責めるのです。神さまを信頼して生きようと願いながら、実際には神さまを信じる自分の力を強めることばかりに気を取られていたように思います。そして、神さまの確かな愛を見失っていたのです。
私たちは揺れ動く者です。揺れ動く私たちだからこそ、神さまを必要としています。そして、その揺れ動く私たちを、神さまはそのままに受けとめていてくださいます。
本当の強さとは、揺れ動かない者になることではなく、自分の弱さと向き合い続けていくことです。そして、それができるのは、キリストの十字架の前においてなのです。
ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。(コリント人への手紙第一章12章9節より)