説教音声・要旨 2026年8月2日(日)

主日礼拝説教:2026年8月2日(日)

聖書箇所:出エジプト記20章18~21節

説教題:神への恐れ

暗唱聖句

これを見たシモン・ペテロは、イエスの足もとにひれ伏して言った。「主よ、私から離れてください。私は罪深い人間ですから。」

ルカの福音書5章8節

説教音声

説教要旨

私たちは死んでしまいます

 十戒は、神さまがイスラエルの民と契約を結ぶにあたって、シナイ山の頂からイスラエルの民に語られた言葉です。神さまが山の頂に降りて来られた時、山全体が激しく震えました。イスラエルの民も、「雷鳴、稲妻、角笛の音、煙る山」を目の前にしながら、身震いしていました。そして、モーセにお願いします。イスラエルの民はモーセが代わりに語ってくれることを願いました。神さまご自身が自分たちに語られると、自分たちが死んでしまう、そう思ったからです。そして、そのことは彼らが自分たちの罪と向き合わされたことを示しています。彼らは、目には見えないけれども、圧倒的な存在感を示された神さまの御前で、神さまからの語りかけを聞きながら、自分たちの罪と向き合わされたのです。自分たちが神さまの御前に立つことのできない罪人であることを痛感させられているのです。

 罪人である私たちは神さまの御前に立つことができません。それが罪人である私たちの根本的な問題です。私たちには神さまが必要であり、神さまとともに生きることこそが、私たちの本当の幸いだからです。

 聖書はすべての人が罪人であることを証しします。そして、私たちのその罪を、神さまは曖昧にされる方ではありません。罪を罪としてさばかれる方です。しかし、それは私たちがさばかれるためではありません。神さまが私たちの罪を曖昧にされないのは、私たちの罪の問題が解決されて、私たちが新しく生きるためです。罪が私たちに滅びをもたらすのです。だからこそ、神さまは私たちの罪を罪として教えてくださるのです。

 神さまが願っておられるのは、私たちが罪のゆえに滅びることではありません。罪に気づくことです。そして、その罪に気づいて、ご自分の御前で罪を告白する者に、神さまは赦しの道を備えていてくださいます。神さまは罪人の私たちを愛していてくださるのです。

恐れることはありません

 私たちは死んでしまいます、そう民から訴えられたモーセは答えました。「恐れることはありません」。モーセの言葉は、神さまがすでにイスラエルの民を受け入れていてくださることを示しています。イスラエルの民は安心して神さまの御前に立つことができるのです。

 ただ、「恐れることはありません」と答えたモーセは、「神への恐れがあなたがたに生じるためです」とも言っています。言わんとされているのは、神さまを恐れなければならないということです。イスラエルの民は、自分たちが神さまに受け入れられている恵みを覚えて安心することができたのと同時に、神さまを恐れることが求められたのです。現在の私たちも同じです。

 恐れることはありません、神さまはそう語っていてくださいます。それはとても簡単な言葉です。しかし、神さまが罪人の私たちに「恐れることはありません」と語ってくださる時、それは決して簡単な言葉ではないのだと思います。なぜなら、罪人の私たちが神さまに赦されていることを確信して、神さまの御前に立つためには、神さまの御子イエス・キリストが十字架にかかってくださらなければならなかったからです。恐れることはありません、この簡単な一言が語られるためには、神さまの御子イエスさまが、十字架の上で私たちの罪を背負ってくださらなければなりませんでした。神さまが、御子イエスさまの十字架の死と復活のみわざによって、私たちに罪の赦しの道を開いてくださったからこそ、そのイエスさまを信じるからこそ、私たちは、恐れないで、神さまの御前に立つことができるのです。そして、その簡単な一言が語られるために、神さまが私たちのために成し遂げてくださったみわざを思う時に、私たちは恐れを抱かざるを得ません。自分の罪が赦されるために、かけがえのない御子イエスさまを十字架にかけてくださった、その神さまの愛に触れた時に、私たちは神さまを恐れるのです。

 モーセは「あなたがたが罪に陥らないよう、神への恐れがあなたがたに生じるためです」と言いました。神さまが願っておられるのは、私たちが罪に陥らないことです。そして、私たちが罪から離れるのは、神さまを恐れることから始まります。

 恐れることはありません、この小さな一言が語られるために成し遂げられた、神さまの大いなる救いのみわざを見上げたいと思います。そして、だからこそ、神さまを恐れ、罪を離れて生きる私たちとならせていただければ幸いです。

祈り

 神さまの御前に立てない罪人の私たちが、神さまの御前に立つ者とされるために、神さまご自身が成し遂げてくださった救いのみわざを覚えて感謝します。新しく始まる一週間も、主イエス・キリストによる十字架の死と復活のみわざを見上げながら、与えられた救いの恵みを感謝し、神さまを恐れて生きる者とならせてください。主イエス・キリストの御名よって祈ります。アーメン。

2026.8.2 東近江キリスト福音教会「礼拝」説教レジュメ-01
2026.8.2 東近江キリスト福音教会「礼拝」説教レジュメ-02


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