詩篇94編は「復讐の神 主よ」という呼びかけの言葉から始まります。詩人は「高ぶる者」に対する「報復」を求めているのです。
「復讐の神」、おだやかではない言葉です。「復讐の神」とは、私たちが神さまに「あの人をとっちめてください」と頼めば、神さまは「まかせとけ」と言ってくださる、そのようなことが意味されているのではありません。
神さまのことを「復讐の神」と呼んだ詩人は、そのすぐ後に、「地をさばく方」と言い換えています。「復讐の神」は「地をさばく方」なのです。詩人が「復讐の神」に願っている「報復」とは、神さまが正しいさばきを行ってくださることです。そして、神さまが「復讐の神」と呼ばれ正しいさばきを行われることは、私たちが自分で復讐するのを止めることにもつながっていきます。すべてを神さまにゆだねるのです。
後に、使徒パウロは、自分で復讐してはならないこと、神さまご自身が報復されることを教えながら、旧約聖書の箴言を引用して言いました。「もしあなたの敵が飢えているなら食べさせ/ 渇いているなら飲ませよ」。
神さまが願っておられるのは、私たちが互いに報復し合うことではありません。互いに愛し合うことです。そして、私たちが互いに愛し合うのは、神さまこそが正しいさばきを行われる方であることを信じることとつながっているのです。
互いに愛し合うべきであること、それが、あなたがたが初めから聞いている使信です。(ヨハネの手紙第一3章11節)