主日礼拝説教:2026年4月19日(日)
聖書箇所:マルコの福音書12章18~27節
説教題:生きている者の神
暗唱聖句
神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神です。
マルコの福音書12章27節より
説教音声
説教要旨
聖書も神の力も
「復活はないと言っているサドカイ人たち」がイエスさまに質問をしました。簡単に言えば、女性が七人の兄弟と結婚した場合、復活の後はだれの妻になるのか、そのような質問です。サドカイ人たちは復活について真剣に知りたかったのではありません。目的は、復活の矛盾を指摘して、復活を否定することでした。モーセ五書だけを聖書と認めていたサドカイ人たちは、そのモーセ五書に復活が示されていないことを根拠にして、復活を否定していたのです。
イエスさまはサドカイ人たちに「考え違いをしている」と言われました。その理由は彼らが「聖書も神の力も知らない」ということでした。
聖書は神さまの愛と力を証しします。それは、罪と死の支配の中にある私たちを救い出し、私たちを新しく造られたものとして生かしてくださる神さまの力です。神さまは、罪と死の支配の中にある私たちを、新しく生かしてくださる方です。死んで終わりではない、永遠のいのちを生きる人生へと、私たちを招くことのできる方です。聖書はそんな神さまの愛と力を証しするのです。そして、聖書を知るというのは、その神さまの力を知ることです。
復活を否定したサドカイ人たちは、聖書のことが分かっていませんでした。聖書が証しする神さまの力を、まったく分かっていませんでした。だからこそ、大きな勘違いをしていました。
現在の私たちは、サドカイ人のような考え違いをする必要がありません。私たちには、私たちを愛していてくださる神さまの力がはっきりと示されているからです。主イエスさまの十字架の死と復活です。
復活というのは証明できるものではありません。神さまご自身も納得のできる説明をしてくださっていません。神さまはただ示していてくださるだけです。御子イエスさまをよみがえらせてくださった、そのご自分の力を示していてくださるだけです。そして、そのイエスさまの死と復活の知らせを聞いた私たち一人ひとりが、ご自分の力を知り、ご自分の力に生かされることを願っていてくださいます。
わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である
イエスさまは最後に「死人がよみがえる」ことをはっきりと宣言されました。そして、その根拠とされたのが、「モーセの書にある柴の箇所」でした。サドカイ人たちが「復活はない」ことの根拠としている、まさにそのモーセの書から、イエスさまは復活を教えてくださるのです。
「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」、もともとはモーセに語られた神さまの言葉を、イエスさまはサドカイ人たちに示されました。そして、そのアブラハムとイサクとヤコブの名前を根拠にして、「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神」と宣言されるのです。
モーセにとって、サドカイ人たちにとって、アブラハムとイサクとヤコブはとっくの昔に死んでいる人です。しかし、イエスさまは、そのアブラハムとイサクとヤコブを、「生きている者」と呼ばれたのです。
神さまは、アブラハムとイサクとヤコブが地上の生涯を終えて、彼らの神さまであることをやめられたのではありません。死によって、神さまと彼らの関係が変わったのではありません。死は、神さまと彼らの関係を引き離すことができなかったのです。なぜなら、彼らを愛する神さまの力は、死の力よりもはるかに強いからです。神さまは、死の力を打ち破って、御子イエス・キリストをよみがえらされた方なのです。そして、だからこそ、神さまは、アブラハムとイサクとヤコブが地上の生涯を終えた後も、彼らの神さまでいてくださることができるのです。アブラハムとイサクとヤコブは、その神さまご自身によって、死を越えて生きる者とされているのです。神さまは「死んだ者の神ではなく、生きている者の神」です。
「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」、そう語られた神さまは、現在の私たちにも同じように語りかけていてくださいます。先に天に召された方々にも同じように語りかけていてくださいます。神さまは、ご自分の呼びかけに答えて生きる私たちの神さまでいてくださるのです。そして、私たちのことを、「生きている者」として、死を越えて導いてくださいます。私たちは、アブラハムとイサクとヤコブのところに、愛する兄弟姉妹の名前が入った、自分自身の名前が入った、神さまからの呼びかけを聞かせていただくことができるのです。
祈り
死んで終わりではないいのちに生きる者としていただいている恵みを覚えて感謝します。主イエスさまの十字架の死と復活のみわざを見つめながら、永遠のいのちに生きる希望を確かにさせてください。だからこそ、与えられている人生を大切に生きる私たちとしてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

