説教音声・要旨 2026年4月5日(日)

主日礼拝説教:2026年4月5日(日)

聖書箇所:ヨハネの福音書20章11~18節

説教題:振り向いて主に出会う

暗唱聖句

イエスは彼女に言われた。「マリア。」彼女は振り向いて、ヘブル語で「ラボニ」、すなわち「先生」とイエスに言った。

ヨハネの福音書20章16節

説教音声

説教要旨

なぜ泣いているのですか

 イエスさまが十字架の上で息を引き取られてから三日目、「週の初めの日」の朝早くに、マグダラのマリアがイエスさまの葬られた墓を訪れました。しかし、そこにイエスさまの遺体はありません。代わりに、マリアが目にしたのは、「白い衣を着た二人の御使い」でした。そして、その御使いたちがマリアに問いかけます。「なぜ泣いているのですか」。

 御使いたちはすべてのことを知っているはずです。「なぜ」という言い方ではあっても、マリアが泣いている理由を知ろうとしたのではないと思います。マリアが泣いている理由を十分に理解しているのです。理解した上での問いかけです。そして、その問いかけは、もはや問いかけではありません。語りかけです。もう泣く必要はない、泣かなくても大丈夫だ、御使いたちはそうマリアに告げているのです。そして、イエスさまご自身も同じように語りかけてくださいます。

 マリアは深い痛みと悲しみの中にありました。絶望の淵に沈み込んでいました。しかし、その絶望の淵にあるマリアに、なぜ泣いているのか、もう泣く必要はない、イエスさまはそう語りかけてくださったのです。そして、イエスさまが絶望するマリアに語りかけてくださることができたのは、イエスさまが絶望する人々の中において復活された方だからです。

 イエスさまの復活は絶望の中で起こりました。すぐに復活が起こる、そんな期待が高まる中においてではありません。だれも復活を信じていない中で、あらゆる希望が奪われた中で、人々が絶望の淵に叩き落された中で、イエスさまは復活されたのです。

 私たちもさまざまな痛みや悲しみを経験します。絶望を経験します。しかし、どんな絶望の中にも、イエスさまはいてくださいます。なぜなら、イエスさまは絶望の中で復活された方だからです。そして、復活されたイエスさまがともにいてくださるなら、絶望は絶望では終わりません。どのような絶望も絶望では終わりません。絶望の中には、すでに新しい道が備えられているからです。それは復活のイエスさまとともに歩く道です。

「マリア」

 マリアは後ろを振り向きました。墓の反対側です。そして、そこにイエスさまがおられました。復活のイエスさまは墓と反対側におられたのです。ただ、マリアはそのイエスさまのことが分かりません。イエスさまを園の管理人と勘違いしてしまいます。そして、イエスさまの遺体を探し続けます。しかし、そのマリアがついにイエスさまとお出会いするのです。イエスさまが名前を呼んでくださった時からです。

 マリアは、イエスさまを目の前にしても、イエスさまのことが分かりませんでした。しかし、そのマリアを、イエスさまはとがめられませんでした。失望もされませんでした。イエスさまはマリアを見守ってくださいました。マリアの痛みや悲しみを優しく受けとめてくださったのです。イエスさまはマリアのすべてをご存知でした。そして、その上で、マリアの名前を呼ばれたのです。マリアが自分の名前を聞いたのは、自分のすべてを知っていてくださり、受けとめていてくださる、そんなイエスさまの御声だったのだと思います。名前を呼ばれたマリアは、本当の意味で「振り向いて」、イエスさまとお出会いしました。

 マリアが復活のイエスさまとお出会いしたのは、必死にイエスさまを探した結果ではありません。イエスさまが名前を呼んでくださったからです。イエスさまが名前を呼んでくださったからこそ、マリアはイエスさまとお出会いすることができたのです。それは私たちも同じです。

 イエスさまの復活を信じるというのは、復活という出来事を単純に事実として認めることではありません。復活されたイエスの呼びかけを聞き、その呼びかけにお応えしていくことです。復活して今も生きておられるイエスさまとの交わりに生きることです。過去の出来事に関する知識や理解ではありません。今も生きておられるイエスさまとの具体的な交わりの中で、与えられるものであり、育まれていくものです。そして、そのような私たちとの具体的な交わりを願っていてくださるのは、だれよりもイエスさまご自身です。

 復活してマリアの名前を呼ばれたイエスさまは、私たちのことも知っていてくださいます。私たちの痛みや悲しみ、喜び、得意なことや苦手なこと、すべてを知っていてくださいます。その上で、私たちの名前を呼んでいてくださいます。あなたの人生をともに歩みたい、そのように呼びかけていてくださいます。

祈り

 死んでよみがえられたイエスさまがいつもともにいてくださる恵みを覚えて感謝します。集うお一人おひとりが、招かれている毎週の礼拝の中で、イエスさまの御声を聞き、イエスさまの方を向き、イエスさまとの豊かに交わるところから、いつも新しい一週間へと遣わされていかれますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

2026.4.5 東近江キリスト福音教会「礼拝」説教レジュメ-01
2026.4.5 東近江キリスト福音教会「礼拝」説教レジュメ-02


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