まだ洗礼は受けていませんでしたが、しっかりと信仰を持っていた妻は私に聖書をプレゼントし、喫茶店で「四つの法則」(キャンパスクルセード)をし、宣教師(マケリゴット先生夫妻)に会わせ、教会に導いてくれました。
最初はなにも分からなかったのですが、教会に通ううち徐々に教会に集っている人と自分との違いを感じるようになりました。ある青年のつどいでオランダからの宣教師(スプロング先生)に第1ヨハネ1章9節を示されました。私は不真実だけれども神さまは真実なお方である、その方が罪を告白すれば救い清めてくださると約束をしておられる。神さまの前に素直に祈りました。すると今まで得たことのない平安をいただき涙があふれました。自分を喜ばすために酒もたばこももう必要でなくなりました。
翌年の1982年2月28日、雪のちらつくキャンプ場でマケリゴット先生から洗礼を受けました。
「もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」(第1ヨハネ1章9節)
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