改めまして(2)
私は韓国で教会に導かれてイエス様と出会って救われました。二十代半ばのことです。
私が韓国に関心を持ったのは高校生の時でした。きっかけは修学旅行でした。17歳の私は、隣の国同士でありながら、互いに分かり合うことのできない関係が、何とかなればと思いました。若いですね。
韓国に渡って生活を始めたのは2000年の秋でした。私は大学付属の語学教育機関に入って韓国語を学び始めました。ソウルという大都市にいるとは思えない、透き通るような秋空がとても印象的でした。
ところで、韓国に渡った時には、イエス様のことなんて、これっぽっちも考えていませんでした。当然のことながら、教会が目的で韓国に渡ったわけではありません。人並みに悩みや不安を抱えていましたが、「道を求める」というような思いはまったくありませんでした。しかし、そんな私がイエス様と出会ったのです。まるでイエス様が韓国の地で私を待ち受けていてくださった感じとでも言えるでしょうか。神様は、私が気づかない時から、私のことをしっかりと見ていてくださったということを思います。
私たちは自分の歩く道も分かりません。だからこそ不安になったりします。しかし、神様はすべてを知っておられます。神様が私のことを知っていてくださる、そのことを知っていれば、十分なのではないでしょうか。
「あなたは私が歩くのも伏すのも見守り/私の道のすべてを知り抜いておられます。」(詩篇139篇3節)