「大変な手術だったようですね。で、成功しましたか」「エェ、手術は大成功でしたが、結局その患者さんは死にました」…こんな会話を聞きながら、手術の目的は何だったのだろうと考えてしまった。命を救う為の手術であれば、死んでしまっては目的が達成されなかった、即ち、成功しなかったと言うことになる…と、思うのだが。
伝道においても同じだと思う。どんなに鮮やかに真理を語り、議論に勝ち、相手をやりこめることが出来ても、相手を救いに導き、永遠の命にあずからせることが出来無かったら、その伝道は成功とは言えないのではないか。
宣教の努めを果たすだけでなく、宣教の目的をも果たす働きをしたいと願う。
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