福角さんはキリストを受け入れてからその生活がどんどん変わっていった。それまでは、家の何処にも神様が祭ってあり、服のポケットにもお守りがいつも一つ二つはあった。しかしそれらはなくなり、今は私の内にキリストさんが住んでおられる。呑む、打つ、買うの生活を重ね、胃潰瘍で度々入院、医者に止められても酒たばこをやめることが出来ず、ベッドの下に酒瓶を隠したり、庭の松葉を紙に巻いてたばこ代わりにしたこともあり、退院の時には、「ああこれで自由に酒たばこが飲める」と喜んだ。しかし、キリストを受け入れてから、神様がこれらを取り上げて下さった。それまでは片時もたばこ入れを離すことが出来ず、どんなに遠い山へ仕事に行っても、たばこを忘れたと分かると必ず取りに帰っていた。ところがある日、たばこを持ってこなかったことも忘れて半日を過ごし、昼飯に帰ったとき、奥さんが、「今日は大事なものをお忘れでしたね」とたばこ入れを出したが呑む気にもならず、そのままぴったり止んでしまったという。
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