炊事場から上がった部屋が、食堂兼応接間、それに集会場でもあり、子供たちの学校でもあった。早く集会所がほしかった。ある夏の夕方、何かに導かれる様に外に出て歩き出した。ある家の前に来ると、私が外人さんと一緒に生活していることを知っていたご主人が家の中から声をかけてくれて中にまねき入れてくれた。色々話しているうちに、集会の為に部屋が必要なら、定まった所が見つかるまでうちを使ったらどうかと言ってくれた。申出を喜んで受け、確か、その年のクリスマスまで、その家で夜の集会をもったと思う。その後、隣村の会議所を日曜日に借りることができた。週日トラクト配布と共に集会案内をし、日曜日、集会に来る人を待ったが、サンデ師一家の4人に+私の5人の他は誰も来ないことも多かった。サンデ師は朝の祈りの時、いつもこう祈られた。「神様今日も、あなたの福音を聞く為に備えられた人に出会い、福音を語ることができるように導いてください。」
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