詩篇96編の詩人は神さまこそが世界をさばく王であることを宣言します。そして、「もろもろの民の諸族」を神さまの聖所へと招きます。礼拝への招きです。
「もろもろの民の諸族」が神さまを礼拝する場所、聖所について告白する言葉が心に留まりました。「力と輝きは主の聖所にある」。
詩篇96篇の背景になっているのはダビデの時代です。そのダビデの時代まで、聖所は天幕でした。天幕というのはテントです。聖所は、力と輝きを感じさせるような、立派な建物ではありませんでした。簡単なテントです。しかし、その簡単な天幕の聖所にこそ、力と輝きがある、詩人はそう告白するのです。そして、詩人がそう告白するのは、天幕の聖所において、神さまを礼拝してきたからにほかなりません。詩人は、天幕の聖所においてこそ、罪人の自分たちを忍耐強く導いてきてくださった神さまの力と輝きを見上げてきたのです。
力と輝きを放つものはたくさんあります。ほかの力と輝きに魅了されることもあるかと思います。しかし、まことの力と輝きを見ることができるのは、聖所においてです。そして、その聖所において、礼拝において、神さまの力と輝きを見上げさせていただくところにこそ、まことの幸いはあるのです。
ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。(ヨハネの福音書1章14節)