私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 一匹の羊である覚悟

    私たちは、ここで訊ねられている。「お前は、信仰において、敢えて、この羊飼いの手の中にいる(その庇護のもとにいる)一匹の羊でありたいと思うのか」と。ということは、キリストの信仰共同体が、時代の狼のただ中にあって、一匹の羊である覚悟があるかどうか、ということである。狼たちとともに吠えることの方が、やさしいのである。そして今日、全世界の信仰共同体にとって、狼たちと共に吠えるという誘惑は、非常に大きい。しかし、羊だけが「彼らをわたしの手から奪い去る者はない」という約束をもっている。

    リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、185頁

    2012年5月26日(土)朝に。

    一匹の羊である覚悟を確かにしたいと思います。狼たちと共に狼のようになって吠えることの誘惑は大きいです。

    しかし、羊だけが約束をもっています。羊であることを感謝したいと思います。また羊であり続けたいと思います。