私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 試練と共に脱出の道が

    しかし、他の人のように、信仰者も「暗闇の中を歩ま」なければならないということとは異なるものです。

    イザヤ書5章13節
    2013年11月2日(土)

    『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
    (編)A.ルシー、(訳)坂本誠
    327頁

    この項でウェズリーが語ろうとしていることはなんであるのか。
    おそらく、キリスト者は聖くされていくためにみなが苦しみの中を通らなければならない、という考え方を否定しているのではないかと思います。苦しみの中を通らなければ本物のキリスト者にはなれないなどということを否定しているのだと思います。

    主イエスさまは弟子たちにこのように祈りなさいと主の祈りを教えてくださいました。その主の祈りの中で「我らを試みに合わせず悪より救い出だしたまえ」と祈るように教えてくださいました。

    試練はできるだけ避けるように歩むのが自分自身の弱さを知っているキリスト者の真摯な姿勢です。しかしその上でやってくる試練があります。できるだけ避けたと思っているのにやってくる試練。そのような試練の原因は少なくとも自分にはないのですから、やはり神さまの許しの中にやって来ているのです。神さまの許しの中にやって来ているのですから、必ず脱出の道が備えられています。