「『真愛よりする言葉は鴿の如きもの有り、悪意より出る者は蛇の如きもの有り。』終に欺くべからず。」
新井奥邃、『聖言』、25
「『まことの愛からでる言葉には、鳩のように人に喜びを与えるようなものがあるが、逆に悪意から出る言葉には、蛇のように人を悲しみの中に突き落とすものがある。』このことは、たとえ当座は分からなくても、いつまでも分からないままであることはなく、最後には明らかになるであろう。」
一つの言葉の背景には、真愛と悪意があります。いずれか一方ではなく、きっと混ざり合っているのが実情でしょう。真愛を装いつつ、悪意が秘められていることがあります。逆に悪意の中にもひとかけらの真愛を見つけることもあります。それらは、当面は分からないのですが、分からないままであることはありません。いつかは必ず明らかになるのです。できうる限り、真実の愛から一つの言葉を語る者でありたいと思います。
〔聖書の個所〕
あなたがたが集まるときには、それぞれの人が賛美したり、教えたり、黙示を話したり、異言を話したり、解き明かしたりします。そのすべてのことを、徳を高めるためにしなさい。
(第1コリント14章26節)
自分は宗教に熱心であると思っても、自分の舌にくつわをかけず、自分の心を欺いているなら、そのような人の宗教はむなしいものです。
(ヤコブ1章26節)