「凡そ愛に非ざるものは皆慾なり。神愛に非ざるものは皆私慾なり。安逸を願ふは慾なり。功名を求むるは慾なり。富貴を欲するは慾なり。皆慾なり。」
新井奥邃、『聖言』、26
「すべて愛でないものはみな欲望である。神さまの愛に根差さないものは、みな自分自身の欲望から来ている。何もしないで遊びほうけることを平安と思って願うことは欲望である。いたずらに自分の名誉を求めることは欲望である。富や高価なものを手に入れたいと願うことは欲望である。みな欲望である。」
ある意味で欲望が文明をつくり、科学技術を発展させてきました。しかしそのような文明や欲望にはどこか欠けがあります。輝かしい発展の陰に、公害や貧富の差が起こっています。ですから、欲望からではなく、真に愛に根差して一つの事を行うことが大切です。
政治、経済、技術、教育、あらゆる分野での活動の根本に、愛を置き、愛に導かれ、愛を目標に前進しましょう。
〔聖書の個所〕
こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。愛を追い求めなさい。
(第1コリント13章13節~14章1節)
何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです。あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです。願っても受けられないのは、自分の快楽のために使おうとして、悪い動機で願うからです。
(ヤコブ4章1~3節)
このように、キリストは肉体において苦しみを受けられたのですから、あなたがたも同じ心構えで自分自身を武装しなさい。肉体において苦しみを受けた人は、罪とのかかわりを断ちました。こうしてあなたがたは、地上の残された時を、もはや人間の欲望のためではなく、神のみこころのために過ごすようになるのです。
(第1ペテロ4章1~2節