〔新しい歌を主にむかってうたえ〕
2014年5月5日(月)
「新しい歌を主にむかってうたえ。」(詩篇98:1)
聖書によって、または福音の宣教によってわれわれに達する神の言葉は、どんな飾りも必要としない。神の言葉はそれ自身が飾りであり、それ自身がすばらしいものであり、それ自身が美しいものである。
ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、224頁f。
神さまに向かって賛美すること。それは聖書の言葉に学び、聖書の言葉によって導かれます。聖書の言葉の中の神さまの真実の声こそ、最良のものであり、私を生かす命の糧です。それにまさるものはありません。
聖書の言葉は、それ自体美しいものです。力強いものです。ですから私たちはそれを飾る必要はありません。必要とすれば聖書の言葉自身のもつ美しさが発揮されるようにすることだけです。
み言葉を語る時、まず釈義や解釈をします。その時、聖書の言葉の持つ美しさを説教者は発見しなければなりません。そしてその美しさをそのまま語るために、説教を準備しなければなりません。分かりやすく伝えるためにいろいろな例話や経験談を交えますが、それらは大切なことではありません。聖書の言葉だけが伝わるようにならないならば、どんなにわかりやすくても、意味のない説教になってしまいます。
み言葉の美しさを発見する者でありたいと思います。
(祈り)
神さま、あなたのお言葉を第一の喜びとすることができますように。そしてあなたのお言葉のみを語り伝えることができますように。