いちばん大きな罪はあらゆるのぞみを失うこと

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「そうたい。辛抱しておればキリシタンの御禁制が解くる日がきっと来ると、長崎のパアデレ様が云いなはった。・・・
大浦の御聖堂に忍んで教義(カテキズモ)ば学んどった折に、孝吉がの、パアデレ様にお訊ねしたんじゃ、人間の罪の中でいちばん大きかとは何でっしょうか・・・・・・でな。わしはパアデレ様が、貪欲で答えなはるじゃろか、そるとも色欲て答えなはるじゃろかと心ん中で思うとった。ところがパアデレ様は即座に、あらゆる希みば失うこつじゃと答えなはった。わしは意外で、そん意味がよう分らんじゃった。ばって今朝がた、よう分ったとよ。神様(デウス)には神様(デウス)のお計り事のある。そるば忘れて、人間が傲り高ぶったり、この世に希みば絶ったりしちゃならんちうこつがのう・・・・・・」

森禮子、『五島崩れ』、主婦の友社、1980年3月21日発行、137ページ

希望を失うことが一番の大きな罪なのですね。希望を失うということは、未来のことが神さまの手の中にあることを否定することですね。神さまの手の中にある未来は、将来となります。将来、将に来らんとするものは、神さまの祝福以外の何ものでもありません。

もちろん神さまは羊飼いの手と陶器師の手によって導いて下さるのですから、当座は苦しいこともあるでしょう。しかしそれも一時的なことなのです。主イエスさまの祝福の手の中にしっかりとある将来にいつも向かっている私たちであることを忘れないでいたいと思います。

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