朝の光を浴びながら、なぜあなたの顔が見えないのか、と訴える。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、370頁
2020年12月15日(火)
悲しみや苦しみを、主にあって学ぶ人こそ、楽しみや喜びを知る人です。悲しみや苦しみを知ろうとしない人、避けようとする人は、本当の楽しみや喜びを知りません。本当の楽しみや喜びを知らないので、隣人と共に生きることができません。愛に生きることができないのです。
「墓の中であなたの慈しみが 滅びの国であなたのまことが 語られたりするでしょうか。闇の中で驚くべき御業が 忘却の地で恵みの御業が 告げ知らされたりするでしょうか。主よ、わたしはあなたに叫びます。朝ごとに祈りは御前に向かいます。主よ、なぜわたしの魂を突き放し なぜ御顔をわたしに隠しておられるのですか。」(詩編88・12-15)