同じように寂しい悲しさと足を絡ませて歩きながら、時に涙を流しながらもしあわせだと思えることと、結局、その悲しみに足をとられてしまうことと、どんなに大きな違いがあることであろう。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、265頁
2020年9月6日(日)
慰められることを知るためには、悲しみを知らなければなりません。悲しみが深いほど、慰めの豊かさを知ることができます。
まことの慰めは神さまからやって来ます。神さまによって慰められることこそ、本当の慰めです。受肉された神、主イエスさまのところにこそ、本当の慰めがあります。
「悲しむ人々は、幸いである、/その人たちは慰められる。」(マタイ5・4)