偉そうなことをいいながら、裁かれる主イエスの後を追っていながら、問われれば「わたしはあの人を知らない」としらをきって、後悔して泣いたペトロ、甦りの主イエスに声をかけられて、上着をまとって湖に飛び込んでしまったペトロが大好きであった。そのペトロと同じ信仰に、この私が生かされているのである!
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、238頁
2020年8月11日(火)
「同じ信仰」を受けた喜び。そこには教会に生きる者の喜びが現れているように思います。自分だけに与えられた特別な信仰ではないのです。キリスト教信仰は「同じ信仰」に生かされている者たちの群れです。
「イエス・キリストの僕であり、使徒であるシメオン・ペトロから、わたしたちの神と救い主イエス・キリストの義によって、わたしたちと同じ尊い信仰を受けた人たちへ。」(2ペトロ1・1)