デンマークのキルケゴール・・・『死に至る病』・・・「自己とは自分自身と関わる関係である」と始まる。しかし、この関係がうまくいかないために絶望する。強気の絶望は自己を強化し、弱気の絶望は自己との関係から逃亡する。・・・自己を自己に関わるように造ってくださった方との関わりが整えられないで自己が望みに生きることはできない。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、222頁
2020年7月27日(月)
自分と他者、あるいは世界との関係がうまくいかないのは、まず自己との関係が「O.K.」になっていないからである、ということでしょう。信仰とは、まず自己との関係が整えられること、そのために神さまとの関係が整えられること、です。これは神さまを信じるということによって始まるのですが、神さまを信じても、その関係が整えられているかどうかは、日々の生活の問題です。自己が神さまの愛の御手の中にあることを信じ続けることです。
「それから、弟子たちに言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。」(マタイ16・24-26)