他者への愛の感触

ドイツにベーテル(神の家)という町がある。創世記第28章18節によって名づけられた大きな福祉の町である。・・・ここで働いた人びとの手に実際に触れた障害者の感触、畳んだおむつの手触りが残る。そうしたら、これからのち死ぬまで、自分と家族のことだけ考えて生きるようなことはないでしょう。私たちの営みはそういう人びとの祈りと献げものによって支えられています。・・・私たちの日常の営みに、このような他者への愛の感触が食い込んでいるかどうか。それが日常のお金の使い方にも現れる。ドイツでは、結婚や葬儀の度に、自分たちを祝い、あるいは故人を記念してくれるなら、どうぞここへ献金をと、口座番号を教えてくれるひとも多いのである。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、216頁

2020年7月21日(火)

「他者への愛の感触」が自分にはどれだけあるだろうか、と自問します。理屈ではなく、身体の問題です。

「盗みを働いていた者は、今からは盗んではいけません。むしろ、労苦して自分の手で正当な収入を得、困っている人々に分け与えるようにしなさい。」(エフェソ4・28)