全く資格のない私を

復活された主イエスは、使徒たちにご自身の姿を現してくださった。そして、最後に私にも現れ、全く資格のない私を使徒として立ててくださった。・・・故左近淑教授が東京神学大学礼拝で説教をし、この言葉に至ったとき、涙が突然溢れて言葉が切れた。パウロもまた涙と共に書いたのであろう。教会のいのちの伝統を造ってくださったのはこの生きておられるキリストである。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、185頁

2020年6月22日(月)

今自分があるのは、ただ神さまの恵みによる、自分には選ばれる資格はまったくなかった、とパウロが告白し、先輩のキリスト者たちが告白し続けてきてくださいました。そして今私たちもそのように告白します。

「次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず・・・」(1コリント15・7-10)